辺りを見回すともう夕暮れの為か、自然足取りが速くなる波。
目的の物を闇雲に探していた為か、今一番探さねばならないものの存在を置き去りにしていた事に気付き、視線をあげる。
返す視線は、勿論表情などは伺えない。
しかし、それはきちんと何かを伝えようという意思が孕んでいる事は、長い経験上、分かる。
波間を抜けて、改めて一息つくと、なるほど、もうこんな時間だったのだと気付かされた。
先程までは土産物屋などが賑わっていた筈が、今の頃合では飲食店の明かりと陽気な声が響いている。
「だから言ったでしょ、早く宿を見つけないと、って」
辺りを見回し、再び視線をあげると開口一番、といっても実際に口は開かれていないが、アルフォンスは窘めるように言った。
このままでは兄としての面目が立たない。
「ちゃ、ちゃんと見つけてあるさ!」
苦し紛れに言うと、見破られていたのか「どうだか」と大きな図体にも拘らず、可愛らしい仕草で肩をすぼめる。
こういう時、弟はちっとも変わっていないと、エドワードは思う。
しかし、今はそんな弟について考えている場合ではない。
こんな賑やかな街にきて、どうして野宿ができようか。
一昔前は研究施設が乱立し、先端技術の開発が主な産業だったこの街が、時代の波には逆らえず、財政確保の為、それを目的として嘗ての技術を利用した開発に乗り出してからは、娯楽施設は勿論、それに付随する施設の充実ぶりは目を見張るほどの観光地と化した。
その一方、治安の悪化が懸念され、野宿など自殺行為と言ってもおかしくない。
観光シーズンとは程遠い時期、それなりに混雑はしているものの、これだけの街、ホテルの一軒や二軒、空きがあってもおかしくはない。
飛び込みでも受け付けてくれるだろう、そう嵩を括っていた。
しかし、人気のあるホテルは、シーズンオフといっても、それなりの混雑振りで、結局二・三軒を聞いて回る羽目になった。
「だから言ったのに、兄さんったら全然話を聞いてないんだもの」
それを無視してエドワードは視界に入ったホテルへ足を進めた。
無言の内に扉を開くと、途端にけたたましい音がエドワードとアルフォンスへ向かって飛んできた。
思わず身構えた二人だが、次の瞬間、何が起こったのか考える事すらできないほど、眼前に広がった光景に、呆気を取られてしまった。
「当ホテルへようこそ!貴方方が当ホテル設立から丁度四万五千人目のお客様でございます」
そう言って、従業員と思しき男は、エドワードに前へ進むよう促した。
されるがままになっているエドワードは、そこで自分が予約客ではないことを思い出し、慌てて立ち止まった。
その様子に男も立ち止まり、如何されました、とまた先を促した。
「いや、オレたち予約客じゃないから、折角の歓迎だけど、ごめん」
そう言って動けずにいたアルフォンスの下へ踵を返しかけたが、
男は、「いえ、偶然でも当ホテルを利用しようと立ち寄って下さったことにはおかわりありません。私共は貴方様を歓迎いたします」と言って、後ろに突っ立ったままのアルフォンス共々、部屋に案内した。
ホテル側も前々から準備を行っていただけあってそれ専用に部屋を用意してあったらしくどこのホテルもほぼ満室だったにも拘らず、部屋を取る事ができた。
またもてなしもそれは豪華なものだった。
飛び込みの、更に行き当たりばったりで選んだ事を申し訳なく思うほど。
「結構いい街だな」
「…兄さんって現金」
結局、何の手がかりも見つかず、どの研究施設ももう参考になる研究どころか、如何に娯楽を提供できるかを追及した碌な開発も行っていなかった事に辟易していたエドワードだが、このもてなしには満足したらしい。
エドワードは、最上階の眺めのいい部屋から、街を見渡した。
眼下に広がる街は、ネオンの明かりが煌々と照らし出され、眩いばかりだ。