BALOON






      少女が繁華街を歩いていたとき、すっとふわふわの手が伸びてきた。

      その先を辿ると、沢山の風船を手に携えた兎の着ぐるみが立っていた。

      どこかのお店の開店イベントか、兎の肩には「本日オープン」と襷が掛けられていた。

      黄色い風船を少女に差し出した兎に、少女は丁重にお断りし、再び歩き出したが、心なしか足取りが速くなっていた。







      「どうしたのヒカリちゃん?」

      ちゃっかり風船を貰ってきた少年は、小走りでヒカリと呼ばれた少女の脇に収まり、少女の歩調に合わせて歩き出した。

      「もしかして、風船なんて子どもっぽいって思った?」

      無視して進むヒカリに、悪戯っぽく言って、黄色い風船を差し出した。

      「別に…」

      と言いながらヒカリは差し出された風船を受け取らなかった。

      「嫌い?」

      小首をかしげながら訊ねる少年を見上げ、

      「そういうタケル君は好きそうね、風船」

      とヒカリは答えを濁した。

      タケルと呼ばれた少年は、屈託の無い笑顔を作ると

      「よくお兄ちゃんが僕の為に膨らませてくれたんだ」

      と嬉しそうに言った。

      「ヒカリちゃんは?」

      折角話を逸らせたのにまた戻ってしまい、しかしこの少年が相手では隠し通す事は出来ないだろうと、ヒカリは独り言のように呟くと、重い口を開いた。

      「あまりいい思い出が無いの」













      わいわい

      ざわざわ

      そこかしこから賑やかな声が流れてくる。

      遠くから、お囃子の音色も、この蒸し暑い空気を縫って流れてくる心地よい風に乗って聞こえてくる。

      お祭り特有のわくわくする様な感覚。

      何をしているのだろうと言う好奇心に駆られ、人だかりの出来ている露天に顔を突っ込んでみた。

      その内容を伝えようと後ろにいるであろう人物を振り返ったがしかし、その先にあったのは言いようの無い不安感だった。







      ふと辺りを見回すと、知らない人ばかりだった。

      思わず握っていた風船の紐に、力を籠めた。

      「お兄ちゃん?」

      小さい声で呼んでみても、返事は無かった。

      いつの間にか夢中になりすぎてはぐれてしまっていたのだ。







      足元から掬われる様な恐怖が、電撃の様に小さな体中に走った。

      足が竦んで動けなかったが、そんな体に叱咤して漸く一歩を踏み出した。

      恐る恐る出す足取りは重く、それでも兄を探そうと必死で葛藤していたそんな時、後ろから「ヒカリ」と呼ばれたような気がして、驚いて握り締めていた手を開いてしまった。

      あ、っと声を上げるまもなく風船は空高く上り、藍色に染まった夜空へ吸い込まれていった。

      まるでお星様になったみたいだ、などと思っていたが、ふと我に返り、呼ばれた方向へ向き直った。

      しかし、そこには兄はおろか知っている姿さえ見つけられず、彼女を置き去りに祭りを楽しんでいる人が行き来していた。

      再び空を見上げると、その星はもうどこにも見つけられなかった。







      思わず泣きそうにって、瞳に溜まった涙を必死で堪え、ふらふらと人混みに紛れて行った。







      もしかしたら、もう見つけてもらえないのかもしれない。

      あの風船のように。

      そんな不安が、小さな彼女の思考を支配していた。













      「ふーんそんなことがあったんだ」

      風船を弄りながら聞いていたタケルは、まだ腑に落ちないような口調だ。

      「その後、お兄ちゃんが見つけてくれたんだけどね…」

      いつの間にか立ち止まっていたヒカリは、つん、とタケルの持っている風船の突くと、その反動でゆらゆら揺れる風船を眺めていた。

      その動きは全く予想が出来ない。

      「だけど?」

      先を言おうとしないヒカリを促すように訊ねるタケルに、風船を頂戴と、ヒカリは言った。

      行動が読めなかったが、取り分けこの風船に執着心があるわけでもないし、ヒカリのために貰ってきたものだから、タケルはそのまま素直にヒカリの手に風船を移した。

      ヒカリは暫く風船の紐を引っ張って、ゆらゆら揺れる風船を遊んでいるかのように動かしていたが、何を思ったのかその紐を離してしまった。

      「何をっ」

      慌ててタケルが手を伸ばしたものの、風船は嘲笑うかのようにその手をすり抜けて、空高く舞い上がった。

      「ごめんなさい。でも、これだから風船は嫌いなの」

      視線を、飛んでいった風船から目の前にいるヒカリに戻したタケルを待って、ヒカリは話しを再開させた。

      「だって、一度離してしまったらもう戻ってはこない。ずっと私のものだったのに、ずっと一緒にいたのに、それでもどんどん遠くに離れていっちゃう」

      再び顔を上げると、もう風船の姿を捉えることは出来なかった。



















      あの時、風船を思わず放してしまって、もう見つけてもらえないかもしれないと思ったけれども、お兄ちゃんはちゃんと私を見つけてくれたわ。

      凄く嬉しかったし、怖かったのもあって心から安心して、大泣きしちゃったわ。

      だから、もう絶対離すまいって思ったの。

      あんな寂しい思いはもうしたくないから。

      でも。

      どんなに大切に握り締めていても、いずれ風船は萎んでしまうものなのよね。

      だからと言って私の気持ちは変わらない。

      私の気持ちが萎むことは無いけれども、それはもう風船とは呼べない。

      気持ちが変わってしまったの。

      その萎んだ風船は凄く歪な形をしているわ。

      まるで私の気持ちみたい。

      歪んでいて、どう表現したらいいかわからない。

      でも、離せないの。

      どんなに醜くても、もう風船とは呼べない代物でも、やっと私の手に納まったのだもの。

      離したくないの。

      それなのに、戸惑っている私がいることも知っている。







      そう、まるで…













      「だから嫌いよ」

      一人納得して、再び歩き出したヒカリはタケルを置いてさっさと行ってしまう。

      今一つ納得できなかったタケルは、もう一度空を見上げてから、取り敢えずヒカリを追いかけて走り出した。








    ***


      久しぶりに書いたヒカリ嬢です(・∀・ノ
      最初に書いたのが確か今くらいの時期だったような…
      ヒカリのイメージは秋が深まった頃かな?(←意味不明)
      多少黒よりの、グレーっぽいヒカリですかね?
      今回のタケルは白っす(読めば分かるか;)

      丁度読み終わったばかりの、大好きな作家さんの著書の一説をモチーフに書いてみたのだけれども、出展分かる方いらっしゃるかなぁ?
      まぁ大分変形してはいるけどね。
      所詮私が書くものなんてこの程度です。

      でも書いていて楽しかったですー。
      暗い方が進めやすいかも(汗)



                       8 Nov 2005 MumuIbuki





      ブラウンザでお戻り下さい





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