for×××終






       今にして思えば、なぜ『男の子』と分かったのだろう。  また、それこそが、あのオーディションの中で最大にして唯一絶対の質問だったのかもしれない。



       あれから数ヶ月して、合否通知が届いた。  私はオーディションに落ちた。  絶対の自信があったものの、その結果にあまり落ち込むことは無かった。寧ろ私を懸命に応援していたクラスメイトの落胆振りが激しかった。光子郎君は相変わらず、話を聴いているんだか聞いていないんだか分からない表情でその話を聞いていた。



       暫くすると、例のドラマの撮影がスタートしたらしい。クラスメイトが、しょんぼりとした顔で教えてくれた。受かったのは私の直前の、一番輝いていた子であることも。そして、本当ならば、あの場所に私がいて、その伝で潜り込めていた筈なのに、と悪態をついていた。



       朝の凍てつく様な寒さの中、私は久しぶりの早朝の通学路を一人歩いていた。

       ピンと張り詰めた空気。濃度が薄く、静謐さだけが漂っている。

       今日は一際寒さが身に染みて、手袋の上から手の甲を摩る。

       ほう、と息を吹きかけ曇った先に見えた海岸には、人の気配があった。デジャヴと思いながら凝らしてみると、いつぞやの光景が広がっていた。ドラマの撮影班だ。

       近づいて見に行くと、見たことのある顔があった。オーディションの時熱心に質問してくれた監督の姿がある。彼が声を掛けると助監督が走り出した。

       夏に座ったベンチが近くにあったが、この寒さの中冷えた石造りの椅子には座る気にはなれず、また撮影隊がよく見える位置まで足を伸ばしていた。

       助監督に呼ばれ連れて来られたのは、憧れの女優の姿だった。「審査以外で話をしたにもかかわらず落としたなんて、酷い人だわ。あの微笑の裏にはきっと腹黒い顔が隠れいているに違いない」と、友達は豪語していたが、私は相変わらずその女性に惹かれていた。彼女の言い分も分かるが、実際にあって話した私には、女性が態とそうしたようには決して思えなかったからだ。

       暫く眺めていると、撮影が始まった。じっと立っていると寒さで足ががたがたと鳴る。今日は一段と冷え込むからと、過保護なママは厚手のコートを出してくれたが、早朝の空気はそれをも突き抜けて刺してくる様だった。

       それなのに女性のなんと薄着なことか。例えドラマの衣装とは言えど寒いものは寒いだろう。しかし女性は、寒さなど微塵も感じないが如き立ち居振る舞いだ。

       まるで惹き寄せられるように見入っていると、女性が私に気付いたのか、驚いたような表情の後、またあの満面の笑みを、私だけに投げかけてくれた。





      「お久しぶりね」

       撮影がひとしきり終わった後、私は女性に呼ばれ撮影隊の用意していたココアをご馳走になった。女性は、厚手のコートを羽織っていた。当たり前と言えば当たり前だが、それでも中は薄着であると思うと、こちらが身を竦ませてしまう。

      「お元気でしたか?」

       何と言ったら言いか分からず、無難な答えを返したつもりだが、しょっちゅうテレビで会っているのだから、この挨拶は変か、と思い返していた。しかし彼女は「こう寒いと元気も何も無いわよ」と苦笑いでココアを啜った。やはり寒いらしい。





       暫くの沈黙の後、女性が口を開いた。

      「ねぇ、どうしてあなたが落ちたか分かる?」

       それは唐突で、でもどこか予想していた質問だった。

      「分かりません」

       私は素直に応えた。確かに絶対の自信はあったが、どこか予感はしていた。ただ、理由は幾ら考えても分からなかった。

      「そうでしょうね」

       彼女はまた一口ココアを啜ると、私と目が合った。そっと微笑むその瞳には、いつぞやの寂しい色が浮かんでいた。

      「正直な気持ちを伝えるならば、私はあなたとこのドラマを演りたかったわ。勿論、受かった子に申し分は無いわ」

       私は固唾を飲んで女性の次の言葉を待った。一呼吸置いて、彼女は話し出した。

      「あなたには彼女の持つ絶対的なものが欠けていたのよ」

       目を見開いて驚いた。そして、納得した。

      「あなたのオーディションの受け答えは完璧だったわ。誰もがあなたを見ていたし、その後の会議でもあなたを推す声は多かった。役どころにも申し分なかった」

       今日は彼女一人のシーン撮りのようで、受かった少女の姿は無かった。だからこそ出来た話だ。

      「全ての人があなたを見ている中で、あなただけが別の人を見ていたわよね」

       真摯な女性の目が、私の心の中を見透かしているようだった。 「はい」





       女性と撮影隊と別れを告げ、監督がしきりに次回作のオーディションで会おうと誘ってくれた。応えに困っている私を女性があの優しい微笑で包んでいるのが分かった。

       ワゴン車が出発し、見えなくなるのを確かめると、私は元の道へと戻っていった。





       ひらひらと零れてくるものがあった。見上げて、手を広げると雪が降ってきた。

       生徒が疎らに登校し始めていた。その中に見知った顔を見つけ駆け寄っていった。

      「おはよう、光子郎君!」

       ぴょんぴょん跳ねながら隣に並ぶと、腕をぎゅっと回した。その行動に驚いたのか、無表情の光子郎君が耳まで真っ赤にした。

       「寒いから」と誤魔化した光子郎君だったけれども、そんな光子郎君が可愛くて、偶にはこんな顔もいいかも、と私の心のアルバムにそっと追加しておいた。



       外はこんなに寒いけれども、心はほんのり暖かい。








    ***


      や、やっと終わったぁ。・゜(ノД`)゜・。
      (↑コメント使いまわし)
      夏に始めて、冬になっちゃったよΣ

      取り敢えず終わらせることが出来てよかったよ。
      (出来はさて置き)。



                       14 Dec 2005 MumuIbuki





      ブラウンザでお戻り下さい





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