globe






       一段と冷たい北風が吹き、ぶるり、と肩を竦めて思わず身震いをした。
       冷え切ったであろう掌を重ね合わせて吐息を吹きかける。両の手が芯まで冷えているので、本当に冷たいのかどうかすら感覚が麻痺してしまっている。暖かい息も、すぐに冷たい風にかき消されて、温度を失っていく。
       口元に寄せていた掌を離し、腕時計を確認する。
       約束の時間まで、あと15分はある。全然時計の針が回っていないような錯覚を覚えた。もしや壊れているのではないかとも思ったが、ここに着いてからの15分は、正確に時を刻んでいる。それもその筈、最低1分置きに時計を確認しているのだから。
       寧ろ、壊れているのは私の感覚なのかもしれない。
       興奮しすぎて約束の30分前には待ち合わせ場所に着いてしまい、どこか暖かいところへ避難すればいいものを、こうして寒空の中、最愛のあの人が来ることを、掌を摩り合せて待っている。
      (…せめて手袋くらい持って来れば良かったな)
       いくら浮かれていたからって、手袋無しに日も沈んだ後の30分を過ごすのは、より一層身に染みる。
       手が切られるように寒さを訴えている。
       辺りを見回せど、彼の影はどこにも見出せない。
       それもその筈。待ち合わせ場所であるここ、お台場には、賢君の住まいから電車を乗り継がないと来ることができない。待ち合わせに遅れる事はない代わりに、賢君が先に着いた例は今までに一度もない。…と言うよりは、私が早く着きすぎることに、問題があるのだけれども。だから前に一度、「田町で会おう」って言ったのに、賢君は微笑って「それじゃあ京さんが大変ですよ」と言って優しく髪を梳いてくれた。
       そこまで思い出して、顔が一瞬の内に赤く染め上がるのが分かった。冷えた手を頬に添えると、ほんのり暖かい。頬と掌の温度が混ざり合っていくのを感じたが、元々頬も風に吹き晒していたので、すぐに温度を奪われて、冷たくなった。
       まるで、賢君がまだいないことを思い出させるように、現実に引き戻された。
      (も〜早く着てよぉ、賢くー)
       おまじないが効いたみたいに、人波の向こうに、待ち焦がれた影が見えた。
       ここから遠く離れていても、見紛う事なき、最愛の人。
       賢君は人波を掻き分け、小走りでこっちに向かってきている。それが何だかこそばゆい様で嬉しい。だからいつも、そんな賢君が早く見たくて、待ち合わせよりうんと早く着いてしまうんだと、改めて思った。


      「すみません京さん、お待たせしました」
      息を切らせ肩で呼吸を整えていたけれども、それを悟られまいとする賢君が可愛かった。
      「大丈夫よ、そんなに待ってないから」
       自分で言うのもなんだけれども、このような場合、嘘を吐いていてもそれを顔に出していない自信はあった。勿論、嘘を吐くことには心苦しく思っていたけれども、それ以上に賢君に逢えた喜びの方が大きくて、自然と顔が綻ぶと言うものだ。
       しかし賢君は、訝しげな顔をすると、私の掌をそっと取りあげた。
      「ほらこんなに冷え切ってしまって。どこが待っていないんですか」
       賢君は窘めるような口調だったけれども、突然のことで思考回路がストップしてしまった私は、まるで餌をねだる金魚かめだかのように、口をパクパクさせるだけだった。聞こえるのは、やたら心臓の音がバクバクと鳴り響いている音だけだ。
      「き、今日は、ぃ一段と冷え込んだから、そ、それでよっ!」
       ぱっと手を離すと、呂律の回らない口調で、それだけ言うのが精一杯だった。聡い賢君のことだから、私の奇行で全てを見抜かれたとは思うけれども。案の定賢君は納得していない表情で私を見下ろしていた。
       すると、何か悪戯を思いついた様な表情を満面に浮かべて、賢君が私の掌を再び取って、二人分の掌とともに賢君のコートのポケットへ優しく差し入れた。
      「どうせ京さんのことだから、手袋なんて持ってきていないのでしょう?」
       賢君の掌から伝わる温度なのか、私は、今までにないくらい体温が上昇しているのが分かった。まるで私自身が沸騰しているみたい。
       頭一つ分背の高い賢君が、覗き込むように微笑むものだから、私は彼を直視できずに俯き加減に頷くと、賢君はぎゅっと繋いだ掌を握って、「じゃあ今日はこのままで」なんて、甘く囁くものだから、私は耳朶まで真っ赤になったに違いない。



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      誰!?賢ちゃんじゃない(oДO)!!。
      何かやたら甘いだけのし上がりになったorz
      彼持ちの彼女の辞書に「手袋」なんて文字はありません。

      19.Jan.06    息吹・拝


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      拍手SSの転載です。
      タイトルの「globe」は
      「glove:手袋」と「globe:全体を包むもの」を混ぜた造語…(実際にあるから造語ではないけれども)です。

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