目醒め




       朝の賑わいでざわめく昇降口。
       代わる代わる登校してくる生徒達。あちこちで挨拶が飛び交っている。
       京も中のよい友人と他愛の無いお喋りをしながら、下駄箱の蓋を開けた。
       お喋りに夢中だった京は気づかなかったが、その拍子に何かが下駄箱から零れ落ちたのを、友人は見逃さなかった。
       落ちたよ、と言いながら屈み込んだ友人を、京はワンテンポ遅れて視線を追った。
      「なにこれ?京、これラブレターだよ!!」
       訝しい表情を一変させ、友人は勢いよく立ち上がる。京がたじろぐくらいに。
       その日一日、京は友人から質問攻めにあった。しかし、当の京は差出人の名前に心当たりなど無かった。
       また、彼女にこのような手紙が送られたことも、自分の事ながら俄かに信じ難かった。自慢ではないが、京は一度としてこういった類の贈り物は受け取ったことが無い。
       付いて行きたい。相手の顔を拝みたい。
       友人の執拗なまでの追跡を掻い潜って、京は漸く呼び出された校舎裏へ辿り着いた。
       友人に、封筒の中身まで見られなくてよかった、と京は思っていた。でなければ、友人のこと、この場所で待ち伏せしていたに違いない。
       乾いた風が、京の長い髪を掬って流れていった。
       まだ日差しは照りつける様に差しているが、確実に季節は秋へと向かっている。
       この夏は、本当に沢山の出来事があった。
       悲しいこともあったけれども、結果的には良い方向へ向かい、あの人も立ち直れる切っ掛けとなればいい。京は心の底からそう思っていた。
       不意に名前を呼ばれて振り返ると、知らない人が立っていた。
      「あの、井之上さんですよね?僕です。あの…」
      「…手紙をくれた人?」
       申し訳ないと思いながらも、京は彼の名前を思い出すことは出来なかった。この過ぎ去った夏の出来事ならば鮮明に思い出せるというのに。
       初めて知った人ということもあったが、それ以上に京にとって彼の名はあまり重要では無かったから。

       何か言わなければ、と京は思った。
       呼び出したのは相手ではあるが、緊張しているからかなんなのか、先程言葉を交わしたきり、彼は黙り込んでしまったのだ。
       手紙には、話したいことがあるので、放課後校舎裏に来てくれ、という旨しか書かれていなかった。
       しかし、それをラブレターだと豪語する友人を一日目にしていた京にとって、話を催促することも憚れた。

       互いに困惑した空気が漂っていたが、少年が唐突に話し始めた。
      「井之上さんは、この夏何か特別なことでもありましたか?」
       あまりに突拍子の無い話題に始めは絶句してしまったが、その意図が掴めない京は
      「どうして?」
       と訊ねるしか出来なかった。
       勿論、正直に答えるならば、この夏程印象深い出来事は、後にも先にもきっと無いだろう。だからと言って、見ず知らずの相手に話すことではないと、京は思ったので、敢えて口に出さずにいた。
      「だって井之上さん、すごく可愛くなったから」
       言うに事欠いて、これまた突拍子も無いことを言うものだ、と京は思った。
      「そんなこと無いよ、嬉しいけれど。でも、それと何の関係があるの?」
      「関係あるかは分からないですけど。でも、そんな井之上さんを見て…その…僕の気持ちを」
       友人の言う通り、あの手紙はラブレターだった。
       気持ちは嬉しかったけれども、京は丁重にお断りした。
       理由は、と言われれば、京自身にも良く分からなかった。少年は、京のタイプの顔ではあったけれども、どうしてもそれ以上惹かれるものは無かった。
       惹かれるもの、と言えば、少年が言った一言は、京の中で繰り返し反芻されていた。

      『井之上さんは、この夏何か特別なことでもありましたか?』
      『だって井之上さん、すごく可愛くなったから』

      (この夏と言えば、一乗寺君のことだ。じゃあ彼との事があったから?)
       

       少年と別れて、京は教室へ戻る誰も居ない廊下を一人歩いていた。
       グラウンドでは、サッカー部が練習に励んでいた。
      (一乗寺君も、今頃は部活中かしら?)
       さっき告白されたばかりなのに、余韻に浸るどころか、京の心に浮かんでくるのは一乗寺賢のことばかりだった。
      (って、今はそんな状態じゃないか。何か私にできることはないかなぁ)
       視線を窓から戻し、教室へ向かって再び歩き始めた。
      (…って、さっきから私、一乗寺君のことばっかり考えていない?!)
       教室の前まで来て、自分の考えに驚き戸惑って、京は顔が赤く染まっていくのを感じた。

      『井之上さんは、この夏何か特別なことでもありましたか?』
      『だって井之上さん、すごく可愛くなったから』

      (もしかして、私…)









    ***


      恋心に目醒める京
      を書きたかったんだけど…
      (アニメ)見直してないから時代背景に錯誤があるかも(危)


      拍手SSの転載です。

      Mar.6.06    息吹・拝





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