telephone 「もしもし光子郎君?私、ミミよ?今何してた?」 電話を片手に、もう片方の手は確り正座した膝の上に硬く握られている。 「…ってぇ違う!光子郎君なら『パソコン』とか言うのがオチだわ」 その握られた電話は、本来の役割を果たすことは無く、ダイヤルさえ押されていない状態で、リハーサル用として使われていた。 「『はぁ〜い、おっ久ぁ♥』 握られていた電話機をぽいっと傍らのベッドの上に投げ捨てると、まるでお代官様に平伏す悪代官が如くミミは突っ伏してしまった。 「んもう、たかが電話ごときで何で私がこんなに悩まなきゃいけないのよ!」 ちりちり痺れてきた足を崩して、仰向けに横たわると、つんと電話機を突いた。 (偶にはそっちから電話してこいよ) と、その瞬間、ずっと黙り放しだった電話が着信を告げた。 慌ててたミミは仰け反って、電話をしげしげと覗く。 恐る恐る手を伸ばそうとしたとき、電話が切れた。 リビングの方からママの楽しそうな声が聞こえてきた。 (な、何よ驚かすんじゃないわよ。一瞬光子郎君かと思ったじゃない) 心拍数の上がりきった心臓を休めるように深呼吸を一つすると、ドアがノックされた。 再び肩を上げて驚いたミミだったが、返事をするよりも早く母親から呼ばれる声があった。 「ミミちゃんお電話よ、泉君から」 がたん、と何かが落ちる音がした。 そして、ずるずると何かがはいずるような物音。 暫くしてドアが開かれると、作り笑いに失敗したミミが、 「泉君って光子郎君の事?」 と開口一番問いかけてきた。 「あら、ママは他に泉君なんて知らないわよ?それとも他に心当たりでもあるの?」 と、全くミミの気持ちなどお構いなしに、母親は嬉しそうに微笑んでいる。 電話を奪い取るとミミは「あるわけ無いでしょ!それよりなんでママが光子郎君と楽しそうにお喋りしてるのよ!」と心底不満に思っていたことを述べた。 「だってぇ〜、さっき一生懸命練習電話のしてたから」 全く答えになっていないことに若干腹を立てながら、そのままドアを閉め、ベッドの上で正座をした。 そして保留ボタンを押して「もしもし」といつもより高い声で話しかけた。 が、応えが返ってくるどころか、聞こえてきたのは聞き覚えのある保留音。 その軽快なリズムに、ミミは顔面を真っ青に変えていく。 再び保留ボタンを押すと、くつくつと笑いを堪えている聞き覚えのある声が、受話器を通して聞こえてきた。 「あぁミミさん、こんばんわ」 笑いを堪えた声は、一瞬にしてミミの思考回路を停止させた。 唯一つ言えたのは 「光子郎君のぶゎっかぁぁー」 と。
拍手SSの転載です。 |