プロフィール


       

       まだひんやりとした空気で包まれているけれども、足元からは暖かい風が流れ出るのを感じる。

       耳をすませば、すぐそこまで訪れを告げる足音が聞こえてくるよう。

       柔らかい日差しに誘われてうっかり薄着で出かけてしまうと、首に絡まる冷気に思わず竦んでしまう。

       けれども、桜の固い蕾は色づき始め、土筆は恥ずかしそうに顔を覗かせている。

       悴む空気に耐え切れずポケットの中で掌を固く結んでしまいそうだけれども、ともすれば春の様に穏やかな陽光に誘われるようにコートを脱ぎ捨てたくなる。

       春は、そんな心が微妙に揺れ動く季節かもしれない。

       

       

       春。

       悪戯な春風が、足元を吹き抜けていく。

       同時に、穿き慣れないプリーツスカートがひらひらと揺らめくのに慌てて裾を押さえる。

       前屈みになった姿勢の為か、襟元のセーラーカラーがぱたぱたと、陽気で気紛れな風に靡いている。

       風が止み、スカートの襞を正しながら視線を上げると、先程巻き上げられた桜の花弁がふわふわと、まるで踊っているかのように散っていた。

       薄桃色の桜と、真新しい萌葱色の制服のコントラストが、実に目に優しい光景だった。

       

       

      「以上を持ちまして入学式を終了します。新入生の皆さんは先程発表された担任の先生の指示に従って…」

       マイクを通したからか、どうしてもくぐもって聞こえる所為だけではないと思う。どの生徒も中学生になったということに浮き足立っているに違いない。講堂は、そんな生徒達のざわめき声で溢れていて先生の声なんて殆ど届いていない。

       京も周りの生徒が立ち上がるのに倣って、あまり座り心地がいいといえないパイプ椅子から立ち上がると、長時間座った為に皺のよってしまったプリーツを叩く。下ろしたての制服に早速皺がついてしまうのは、何やら勿体無い気持ちだ。

       大勢の生徒がどやどやと移動し始めるのにあわせて、京も移動し始めた。

       一歩足を前に出す度にスカートに擦れる足がチクチクする。

       

       

      入学して間もない新入生達は、部活動の見学等で放課後の教室は実に閑散としていた。

      既に入部する部活を決めている京は、友人に付き合って幾つか回ってみたものの、やはり自分には光子郎のいるパソコン部が一番だと思っていた。

      その友人が今日に限って見学へは行かず、少しの間教室で待っていて欲しいと言い、京はその勢いに呆気に取られながらも、教室でグラウンドを眺めながら友人が戻るのを待っていた。

       グラウンドでは、太一がボールを懸命に追っている姿があった。

       その傍では数人の女の子達が黄色い声援を送っている。

       しかし、グラウンド脇にある校門へと続く道をヤマトが通るや否や、女子達の視線が一斉に其方へ移動する。

       太一がなにやら発狂しだし、ヤマトが一言二言何か言うと去っていった。

       京がそんな光景を、クツクツと喉の奥で笑いながら眺めていると、バタバタと廊下を駆けてくる足音がこだまして来た。

      「よっしゃ!A組のXX君のプロフィールゲット!!」

      勢いよく扉を開くと、そこには鼻息荒く戻ってきた友人が立っていた。

      「…え?」

       ワンテンポ遅れて京が首をかしげて友人を見やる。

      「えー京知らないのぉ?!」

       まるで奇異なものでも見るように、友人はあからさまに驚いている。

      「A組のXX君!まぁ有明小出身だからお台場小出身の京が知らないのも仕方が無いけれども、今すっごく人気が有るんだから!」

       そう力説する友人に気圧されながら、そういえばそんな話も聞いたような、と京は内心思った。

      「そのXX君がどうしたって?」

      「だから、プロフィールをゲットしたのよ!」

       全く乙女心を分かってないわねぇ、とやれやれといった様子で両手を挙げて首を振る友人。

       

       このお台場中学校は、お台場小学校と有明小学校の二校の出身者が通う公立の中学校だ。

       よって単純計算で半分は初対面の人間が殆どの為、早くお互いに親しくなってもらいたいと言う意味で入学早々に各教室に簡単なプロフィールを書いた用紙を掲示していた。

       京の友人は、部活動見学で見かけた恰好いい男子生徒のプロフィールを、その方法で早速入手してきたと言う次第である。

       

      「XX君の好きなスポーツはサッカーなんだって。きっとサッカー部に入部するのかも!ねぇ京、一緒にサッカー部のマネージャーになろうよ!」

       友人が目を煌かせて、懇願してきている。

      「前にも言ったように私はパソコン部に入るの!」

      「…何で京なんかがそんな暗そうな部に入るのよ。マネやったらきっと恰好いい彼氏が出来るわよ!」

      「別に暗くなんかは無いわよ。って言うかそこらの教室なんかより充実してるんだから、ウチのパソコン部は。それにマネージャーやれば彼氏が出来るって安直過ぎない?」

      「何言っているのよ!切っ掛けは大事なんだから」

       完全にヒートアップしてしまっている友人の勢いについて行けず、京は苦笑いを浮かべていた。

      「…でも、切っ掛けかぁ。そのプロフィールも、一種の切っ掛けになるのかな?」

      「ん?京も気になる相手がお出でか?」

      「別にそんなんじゃないけど…ちょっと羨ましいと思って」

       ぶんぶんと顔を左右に振って力強く否定する京だが、そのまま力なく俯いてしまった。

      沈黙した空気がそこには漂い始めていた。

      「あ、ほらXX君がサッカー部にお出ましだよ!」

       友人が何か言い出そうと口を開いた瞬間、それを遮る様に京は叫んだ。

      「え、マジ?って言うか京、XX君のコト知ってるんじゃん?」

      「知らないなんて言ってませーん」

       悪戯っぽい笑顔を見せて、京は一瞬見せそうになった顔を隠した。

       そのまま二人は鞄を引っ掴み、グラウンドへ駆けていった。

       





    ***

       なんだか中途半端な感じ、デスネ(滝汗)
       京にとって他校の賢のプロフィールを友人のように手に入れることは出来ない。
       そんな友人が、ちょっと羨ましかったんです。
       そんな、お話。
         
         お台場中の設定は、そのまま私の出身中学の設定です。
         (グランド脇に校門へ続く通路は無いけど)
         今時プロフィールとか掲示するのかなぁ?
         ウチは3年間やってた様な記憶が(笑)



                         Mar 25 2006 MumuIbuki





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