窓辺に座り暖かな空気に眠気を覚えていた。
少年が半ば意識を混濁させかけた頃、けたたましく鳴るチャイムの音で一瞬のうちに意識が引き戻された。
暫らくの内は突然起こった状況に、普段なら回転の早い少年でも、
判断がつけられずにいたが、その間もチャイムは鳴り続けていた。
その内、それが自宅のチャイムが発する音だと気付いた少年だが、
自分の関心の無いこと無頓着であり、
とりわけ折角気持ち良く眠れそうだったのにそれを妨げた来訪者に若干の腹立たしさを覚え、
少年はそのまま居留守を決め込むことにした。
しかし一向に鳴り止むことのないチャイムは、なぜこんな時に限って母は外出しているのだろうと少年に思わせ、
遂には少年を引き摺りだす事に成功した。
扉を人の指程の隙間分だけ開いた時、白い手がその隙間にねじ込まれた。
しかし、渋々来訪者を迎えることにした少年だが、それなりの応報としてチェーンロックは掛けたままであり、
その手は扉を開けようと力を籠めたが一定以上開くことはなかった。
そしてその反動で来訪者の手は隙間から離れ、
「いったぁ〜いっ」
という悲鳴の後扉は再び閉められた。
その声に聞き覚えのあった少年は、慌ててチェーンロックを外すと扉を大きく開いた。
そういえばこんな盛大に来訪を告げる客など、少年には一人しか思い当たらないことに漸く気が付いた。
「…ミさん…?」
案の定と言うか、来訪者は少年のクラスメイトであるミミだったが、
その出で立ちは今日学校で会った時のそれとは大きくかけ離れていた。
「んもぉ、光子郎君ったら全然出てきてくれないし、出てきたら出てきたらで痛いし!!」
開口一番文句の嵐であるミミにとって、
少年−光子郎が絶句する程の様相は気に留める程のものではないようだ。
ミミはミミで逆に、光子郎が絶句していることには全く気に留めず、
反動で尻餅を付いた辺りを払いながら立ち上がるとスカートの裾の両端を摘みあげ
「どう?」
と言って一回転してみせ、フリルのたっぷりしたスカートの裾をはためかせた。
その様子は淑女を真似ているようにも見えるが、
ミミにとってもその様相は全く問題外、と言うわけではないことがわかる。
「…どう、と言われましても」
光子郎は口籠もりながら改めてミミの服装を観察する。
それはどう考えても機能的とは言えない。
物事を合理的に考える光子郎にとっては、おかしい、の一言で括るには十分すぎたが、
それなりに長い付き合いのミミにそう言うとどうなるかの想像はある程度つき、取り敢えず
「一体どうしたのですか?」
と無難に問うておいた。
「だって今日はハロウィンじゃない!」
誉めるでもない光子郎の返答には気にせず、
ミミは、ねっ、と言いながら軽くウィンクをした。
「パパが会社の同僚の人からドレスを借りてきて、早速着て見せに来たんだぁ!」
絶句したまま二の句が継げずに硬直したままの光子郎を余所にミミは勝手に話を進める。
「つまり、それは仮装ですか?」
「うんまぁそんなカンジかな?どうせやるなら可愛い方がいいじゃない!」
漸く喋る事ができた光子郎だがミミはそれ以上に冗舌だ。
「ねぇ、どう?似合わない?」
身長差が大分縮まったもののそれでもミミの方がまだ若干背が高いが、
屈んで見上げるような視線で問われたら、いくら無関心な光子郎といえどもドキリとするものだ。
特に、姿の大半を沈めた夕陽から発する僅かな茜色と
色付きを濃くし始めた深い蒼のグラデーションは、より一層ミミを魅惑的に見せた。
「…素敵ですよ」
小さな声で囁くように光子郎は気付けばそう答えていた。
まるで小さな魔女の魔法にかかったかのように。