そう言って、不意に、駅員から渡されたモノはとても大きくて、
何かを判別する前に、それによって視界を遮られた。
ウィンリィは、注文していた機械鎧の部品が届いたと言う知らせを聞いて、それらを受け取りに、駅まで来ていた。
しかし、そこで渡された物は、両手の平に収まりきらない程の大きさであり、
それは、明らかに部品とはかけ離れた代物であった。
「なっ何ですかコレは???」
漸く顔を出す事が出来たウィンリィは、訝しげに駅員を覗き込む。
しかし、駅員は笑顔を崩す事無く、『それ』に備え付けられていたモノをそっと取り出すと、
両手の塞がったウィンリィにも見えるように、翳した。
それより時を遡ったある日のこと・・・
旅から旅への日々を送っていた筈のエドワードが、一人、東方司令部の廊下を歩いていた。
査定以外でここを訪れる事自体が珍しい上に、いつも一緒のはずのアルフォンスの姿が見えない。
更に、その行動に拍車を掛けるのが、エドワードはこうして30分程廊下を行ったり来たりの繰り返しを続けていたのであった。
「ったく、何でこのオレが・・・」
エドワードはブツブツ小言を言いながら、それでも次の行動に出ようとは出来ず、
時折、「やっぱり止めよう!」とか言っては外へ通じる扉まで歩いては立ち止まり、
考え込んではまた目的の部屋まで戻ってくる、堂々巡りを繰り返していた。
1時間も経とうとしていた頃、目的の部屋の前から、外へ通じる扉へ再び踵を返そうとした時、
その扉が開け放たれ、誰も居ない筈の廊下から「ギャ」と言う叫びにも似た声が聞こえた。
その部屋の主、ロイ=マスタングは、扉の陰になった場所を覗き込んだ。
「何だ鋼の、いたのか」
その透かした様な声はエドワードを刺激することを目論んでいたかのように、
頭を抱えて座り込んでいたエドワードの上から降ってきた。
「まっまぁな・・・」
しかし、普段なら飛び掛ってきそうなシチュエーションにも拘らず、エドワードは何事も無かったかのようにその質問を受け流した。
「ところで、一体こんな所で何をしていたんだ?」
含みのある声に、全てを知っていると踏んだエドワードは「別に」と、視線を逸らせ、答えを濁した。
ロイに促されるまま司令室に入ると、そこには大きく放たれた窓から、清々しいまでの風が吹き込んできた。
先程まで居た廊下は、エドワードの心情を映し出すかのように淀んだ空気を放っていたのに対し、
この部屋は、エドワードの心を少し軽くした。
どかっと、エドワードが応接用のソファーに座ると、その向かい側にロイが構えた。
普段ならば、自分の椅子に座って、エドワードを見下ろす形になるのだが、今日は明らかに違った。
じっと、自分の瞳を見詰めるロイに耐え切れず、エドワードは、ふぅ、と一つ溜息をつき、呼吸を整えた。
「で、私に何のようだったのかな、鋼の」
エドワードがいつまでも切り出さない為か、ロイが組んでいた腕を解き、身を乗り出す形で訊ねた。
その顔は明らかに新しい玩具を見つけた、楽しんでいる眼だった。
「な、何のことだよ」
逃げられないと分かっていても、どうしてもその眼を見返すだけの余裕が無いエドワードは、
突っ込まれると分かっていても、そう濁す事しかできなかった。
「何を言っている。何時間も私の部屋の前でウロウロしていたではないか。
あれでは、仕事にならない。」
再び腕組みをして、ソファーに凭れる。
「何時間も何ていねぇよ!!」
テーブルを、どん、と叩くと、さっきまで俯き加減だったエドワードが漸くロイの眼を見た。
「その勢いでさっさとやってくれば事は早々に片付いた筈だか?」
ふん、とまた横を見たエドワードだったが、
「アルが変な事を言い出すからだ」
それはよくよく聞かなければならない程小さい声だったが、ロイが聞き逃すはずが無かった。
「アルフォンスがどうした?」
ロイは、誰から見ても、楽しそう、としか見えなかった。
エドワードから事の顛末を聞いたロイは、ははは、と高笑いをした後、
エドワードにそっと耳打ちをした。
その答えを聞いたエドワードは、礼も言わずに、さっさと司令室を後にした。
その足取りは、軽く、さっきまでとは同一人物には到底思えない。
「で、大佐。大将に何言ったんすか?」
司令室に作られた、隣室に繋がる扉から、一人の男性が出てきた。
「やあ、ハボック。随分と待たせたな」
ハボックは咥え煙草を右手に預け、フゥッと白い煙を吐くと、エドワードが先程まで座っていたソファーに腰掛けた。
「全くっすよ。で、何て言ったんすか?」
事の発端は、この男、ロイだ。
廊下でウロウロするエドワードにハボックが声を掛けようとした時、丁度隣に居合わせたロイによってそれは制止さた。
なんでも、先程、アルフォンスが訪ねてきた際に、何か言われたらしい。
アルフォンスのことだから、真っ当な事を言ったのだろうが、それはロイによって捻じ曲げられたのは言うまでも無い。
「ん、それは直分かる事だ」
ロイの目は、仕掛けた罠に獲物が上手く引っ掛かるのを楽しみに待つ、子どもの様にキラキラしていて、
ハボックはそれ以上聞けなかった・・・と言うより恐くて聞けなかった。
***