前を歩くエドとの距離は広がるばかりだ。
偶々、機械鎧の部品を買いに行った街で、二人を見かけて声を掛けた。
相変わらずの態度のエドに、呆れつつも少し安心してしまう。
「機械鎧の部品を買いに出てきたんだ。
この辺りで最近見つかった鉱物が、機械鎧に最適だって何かの雑誌に載っててさ、試してみようと思って」
にっこり微笑みながら言うと、この機械オタク、とエドに一蹴されてしまったが、そんな兄を窘めるアルとのやり取りを見ていると、心が和む。
「しかしこの人混みの中よくオレらをみつけられたな」
エドが苦し紛れに話題を変えるが、
「そりゃボクを見れば誰だって分かるよ〜」
と、楽しそうに揚げ足を取る弟。
ここまで来るのも、人波をかき分けかき分け、途中で道を見失いながらもやっとの事、ここまで辿り着いたのだ。
「田舎者」
失笑するエド。お前も大概田舎出身だろうが。
「普段はここまで混みあっていない、静かな街らしいよ。
さっきウィンリィが言ったように新種の鉱物を目当てにした技師が多く集まってるって言う話みたい。」
無視して話を進められた事に腹を立てたのか、横でエドがキーキー猿の様に吠えているが、ややこしくなるのでこの際無視して話を進める。
「なるほど、それは是非試してみる価値はありそうね」
思わず目も煌いてしまうほど、益々持って手に入れたい衝動に駆られる。
「でもそれって、結構値が張るのよねぇ・・・」
そう言いながら、ちらりとまだ吠えているエドを見る。
両腕をバタバタさせながら、主張していたエドの動きが止まる。
「折角ここまできたんだもの、兄さんに買ってもらえばいいじゃない」
アルは、絶妙のタイミングで提案をする。これでこそ弟だ!
「アホ抜かせ、誰が手前の欲のために金を出すか」
振り上げられていた両掌を肩の位置まで下ろし、オーバーに肩を竦ませると、やれやれといった口調でエドは言った。
しかし、ここで引き下がるウィンリィちゃんではない。
それなりの値段を出さなければならないことを知りつつも、それを一目見ようとはるばるここまで出てきたのだ。 目の前に金蔓がいると分かった今、みすみす逃がしてなるものか。
「その恩恵を受けるのはだぁれだぁ〜」
まだ私の背丈を追い越さないエドを、わざと見上げるように屈み、意地悪な表情で問い掛ける。
するとエドは、ぐっと出しかけた言葉を飲み込んだ。
今まさに出発しようと足を踏み出した瞬間、アルは何でも無いことの様にすっと言った。
「え・・・」
「そうだな、そうしてくれ」
私が何か言うその前に、エドはアルの提案を受け入れ、そのままアルは再び雑踏の中へ消えてしまった。
「何で、宿なら後で二人で探せばいいじゃない」
抗議する私を、エドは一瞬厳しい表情で睨んだが、またいつもの仕方ない、といった顔に戻った。
「そんな技師だらけのところ、全身機械鎧だといって好奇の目で晒されるのがオチダろ」
何でも無いことの様に言って、エドは歩き出す。
田舎にいるときは、アルが鎧であろうと、それをとやかく言うものはなかった。
でも一歩外へ出ると。
決して、そんな生易しい道ではないはずなのに。
でもまた、気を抜くと見失ってしまう。
必死に追う私なんてお構いなく。
再び顔を挙げたときには、当然、エドの背中など見える由もなかった。
そのままずるずると路肩へ流れ、人通りの少ない路地裏でしゃがみこんでしまった。
そんな目的すらもどうでもよくなっていた。
私の知らないところで世界は回り、どんどん取り残されているみたい。
何も見たくなかったし、見られたくもなかった。
聴き慣れた、脅えきった心を溶かすような暖かい声に顔を上げると、
「・・・」
どれだけの時間そうしていたのか、必死で隠しているように思えたが、エドの呼吸は少し乱れていた。
「ほら、店が閉まっちまう」
一向に立ち上がろうとしない私に痺れを切らせたのか、私を懸命に促す。
「・・・要らない」
それだけ言うと、私はまた顔を埋めてしまった。
エドが溜息をつき、そっと私の頭に手を乗せた――生身の方の手を。
「オレの機械鎧を作ってくれるんじゃなかったのか?」
優しく撫でる掌。
私が作った片手と違って、とても暖かい。
「・・・だってどんどん行っちゃうんだもん」
涙声になってしまったが、それだけ言うのが精一杯だった。
「・・・悪かったよ。ついアルと歩いているような感覚で」
「違うもん!」
突然の大きな声に驚いたのか、エドの手が一瞬止まった。
「・・・違うもん」
でも、それだけじゃないんだ、今は。
何をどこまで分かったのかは、私には分からないけど、いつにない優しい声に、私は思わず顔を上げてしまった。
私の泣き腫らした目を見ると、エドはふっと微笑って、まるで子どもをあやすかのように撫でていた掌を、私の前に差し出した。
「もうこんな時間だから今日中に買い物は無理だけど、また明日改めて付き合ってやるよ。
ほら、アルが待ってる。」
その掌を受け取ると、エドは私を優しく立ち上がらせ、
キョリ
上った月が影を作りよくは見えないが、
呆れたような表情のエドが、私を見下ろしていた。
アルの待つ宿へと、二人で肩を並べてゆっくりと歩いていった。