最初の満月の晩に 物音一つしない、静まり返った室内。 簡素な佇まいの宿ではあるが、表通りに面しているため、昼間はその喧騒がこの一室にも響いてくる。 しかし、月も昇り切った刻限ともなると、賑やかだった表が嘘のように静謐な空気が漂っている。 時折、この部屋の仮の住人である少年が、分厚い文献を捲るときに奏でられる紙の擦れる音がするくらいで、まるで誰もいないかのような静けさだ。
この日は満月であり、ランプも点けず、月明かりを光源として読書に耽っていた少年は、思い出したかのように面をあげた。 雲が切れ、再び少年の顔を照らす。 少年は、まだあどけなさが残る一方で、その瞳の奥には、視線の先の、何か別のものを捉えているかのような眼差しがあった。 少年の肩の辺りまで伸びた髪は、日中は三つ編みを結っているのか、緩やかにウェーブしている。 正面に掛けられた時計を見ると、10時を回っていた。宿に着いてからすぐに読書を始めたので、彼是5時間くらいはここでそうしていたことになる。 流石に首が疲れ、栞を挟み本を閉じる少年。 その音に、これまでずっと、まるでそこに備え付けられた調度品のように蹲っていた鎧が声を上げた。 「兄さん、もう読み終えたの?」 「いや、まだだよ。ちょっと疲れたから休憩」 そういって、少年―エドワードは、吸い込まれるようにベッドに突っ伏した。 鎧姿の弟―アルフォンスは、見るからに重たそうな鎧を纏っているが、まるで翅の様に軽く立ち上がると、兄に毛布を掛け、自らも傍らに腰を下ろした。 いつの間にか、エドワードはすぅすぅと寝息を立てて眠っている。
初めの内は慣れない事が多く、また常に危険と隣り合わせだったが、安心して眠っている兄の寝息を聞いていると、ほっとするのを、アルフォンスは感じていた。 そして、つられる様に、アルフォンスは笑顔になるのを抑えられなかった。実際には、アルフォンスの纏う鎧を外しても、中身はがらんどうで、表情を変える事など出来はしないのだが、それでも様々な危険を一身に背負い、自身を守ろうとしてくれる兄の安らかな寝息を聞いていると、それが感染してきて、自分が鎧であることすら忘れられる。そんな気がしていた。
そして覗かせた首筋を見て、アルフォンスは愕然とした。 (…そう言えば、兄さんが最後に食事を取ったのはいつだったか…) 元来、何かに集中すると寝食を忘れそれに没頭してしまうエドワードだったが、それでもアルフォンスが気を回し、無理やりそれらから引っぺがして食事なりをさせてきた。 しかし、アルフォンスがこの身体になってからはどうだったか。 アルフォンスの思考は、四六時中、この忌まわしき鎧の身体に拘束され、兄にまで気が回っていなかった。 自分が食事をする体ではなくなり、空腹を感じなくなっていたからだ。
エドは、本を読むのに髪が邪魔なのでゎ… とか言う突っ込みは無しの方向で(滝汗) 展開上髪を下ろしていてもらわないと困るから(ぁゎゎ) 何だか中途半端…続くのか!?
タイトル変更しました。
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