その色の変化に驚いて起き上がると、太陽はもう真上を通り越して、傾きを増していた。
三日連続の徹夜を強いられ、泥の様に眠ったのはもうどれ位前の事か。
寝た事すら覚えていない程、私の体は疲弊しきっていた。
確か、二人を見送った後―まだ太陽の高い時間だったから、そんなに寝ていないはず…
そう思って疲労が蓄えた気だるさを引き摺って階下に降りると、ばっちゃんが困ったような笑顔を見せた。
ばっちゃんに言わせれば丸1日寝てたらしい。
見送った後から1日経って起きたから、太陽の傾斜が変わらない訳だ。
道理で疲労とは別の、怠惰にも似た感覚が支配している筈だ。
ばっちゃんに促され、作業机を片付けていると、側に封筒が申し訳無さそうに所在なさ気に置いてあった。
中身を確認してみるとお金だった。
きっとエドが置いて行った機械鎧の代金だろう。
宛名も差出人の名前も、手紙なんかもっての外、何の手がかりも無い、お金しか入っていない封筒だったが、
金額と、その置かれた状況から何となくそんな気がした。
多分、疲れて意識が半分以上朦朧としている私を気遣って、エドがここに置いて行ったのだろう。
変なところに気を遣うやつだ。
また暫く会えなくなるんだから、睡魔を引っ叩いてでもしっかり見送ってやろうって、そう思うのに。
また、金額もアイツらしい。
一応大体の目安として基本料金を設定してあるのに、それ以上の額が入っている。
多分、急いで直させた謝礼と、時間外労働分なのかな、と。
もし手渡しする羽目になったら、きっとアイツは私の目と言うより顔すら見ないで、
封筒も突き出すように渡したんだろうな。
だから、後で必ず気付く所に置いて行ったんだろう。
―――こんなに、お金なんて要らないのに。
最初に私が機械鎧を作った時、エドは絶対代金を払うって聞かなかった。
私は、二人に着いて行って支える事は出来ない代わりに、私が出来る最大限の事をしたいと思って、機械鎧の修行を本格的に始めた。
だから、二人の旅が支障なく進められて、偶に寄ってくれて、元気な姿を見せてくれるだけでよかった。
そんな二人の姿を見れたら、お金なんて価値の無い物に思えたから。
それに、別に暮らしに不自由している訳ではないし、そんな二人からお金を取る気になんて到底なれなかった。
でも、それじゃあ他の患者さんの示しがつかないって、最もな理由を言われたから、
それでも市場価格にしたら低めに設定した金額を設定したら、怒られた。
私は、エドを満足させるだけの仕事をしているんだから、それ相応の代価を請求して当然だって。
錬金術の原則を持ち出して、熱く語っていたっけ。
その迫力が凄かったから、渋々基本料金を設定した。
でも、私が少しずつ腕を上げる度に、その料金は比例して増していった。
普通なら、売主が値段交渉して、買主が渋々それを了承する、って言う構図が見られる筈なのに、何故か私達は逆だった。
確かに最初に比べれば格段に腕は上がったと思う。
エドが望めば、オプションだってつけてあげられる。
でも、そう言う問題じゃないのに。
私は、二人が元気な顔を見せてくれたらそれで、十分な対価を貰ってると思う。
大好きな人に何かをしたいって思う気持は、お金なんかじゃ換算できない。
どんなに煩わしい事だって、大好きな人のためなら笑顔で引き受けられる。
むしろ、お金なんかで済まそうとするなんて、失礼しちゃうと思う。
―――それに私の思いはそんな安く無いもの。
そこまで考えて、ちょっとにやけてしまったが、
さっきまでの自分の恥ずかしい―二人には口が裂けても絶対言えない考えを払拭するように、
私は休めていた手を片付けに戻した。
私は、作業台の片付けを終わらせると、機械鎧に必要な最低限の金額を封筒から抜き取り、
ばっちゃんに預けると、残りの金額と封筒を持って自室に戻った。
机の抽斗を開けると、そこには女の子の部屋のしかも鍵の付いている抽斗の中に入っているには重厚な造りの金庫が入っている。
最初はこんなにごっついのではなかったんだけど、どんどん時間とともにこんなに頑丈な物になってしまった。
金庫に、これまた複雑そうな造りの鍵を差し込んで蓋を開けると、 15〜6歳の女の子の財産にしてはあり過ぎるお金が入っている。
私はこうして、エドから受け取った必要以外のお金を保管している。
いつかきっとここに帰ってきて、必要になった時に、これまでの恩と一緒に着せてやろうと、
今寂しい思いをさせているんだからこれくらいの復讐をしたって罰は当たらないわ、と密かに企んでいる。
それがいつになる事かは、誰にも分からない事だけど、二人が帰ってくることだけは信じてる。
だから、元気な顔で早く戻ってきて、それまでの不安を払いのけてよね。