A TURE STORY 



       カツンカツンと無機質な廊下に響き渡る靴音。それがこだまして、張り詰めるようにしんと静まった空気を震わせている。

       廊下の壁に申し訳程度に設えられた窓からは弱々しい陽の光が差し込むばかりで、日中にもかかわらず薄暗い。

       時折吹く風に揺らされてカタカタと音を立てる窓硝子が、自然と歩調を速めさせる。

       その窓から見える空は、その殆どがどんよりと曇った雲に覆われていて、今にも泣き出しそうな表情を見せている。





       男は両手に抱え上げられた書類の束を抱え直し、廊下を曲がる。まもなく彼の執務室へと辿り着く。

       この一角は北向きの廊下と比べ幾分温かく、また出入りの多い執務室から流れる暖かい空気が、廊下の温度を上げている。

       しかし、この時ばかりはそれだけではなかったようだ。

       彼の執務室から、軍の施設にそぐわない笑い声が聞こえてきたのだ。





       ドアをノックする音に気付き、口角を緩めていた凛とした表情の女性が、輪から外れ重厚な作りの扉を開いた。

      「お帰りなさい、大佐」

       促され室内に入ったこの男、ロイ・マスタングは、部屋の中に随分と久しく会っていなかった人影を見つけ、おや、とからかう様な口調で言った。

       その、独り言を聞き逃さなかったのか、その人影は視線を彼に向けたが、その表情は実に複雑だった。

      「どうした鋼の。随分面白い顔をしているようだが」

       一抱えもあった書類の山を、自身の机に下ろすと、実に紳士的な笑顔でそういったものの、その表情がエドワードの気に障ったのか、眉間に皺を寄せて、あからさまな表情を見せた。

      「実はですねぇ」

       答えたのはエドワードではなく、相当笑っていたのか目にうっすら涙を溜めたハボックだった。その口調は相手をからかうときのそれであり、視線を話の中心であるのだろう、エドワードに向けて、続きを促すように目で合図した。

      「るっさい、もういいよその話は!」

       しかし、話を蒸し返すのが嫌なのか、当の本人のエドワードはプイと腕を組んでそっぽを向いてしまい、弟のアルフォンスに宥められていた。

      「どうしたんだ鋼の。君らしくも無い」

       ハボックに続けて促したものの、完全に臍を曲げてしまったエドワードは、決して口を開こうとしない。

       仕方なくハボックに続きを離すように目配せをすると、コホンと咳を一つしてから話し始めた。













       ロイが会議の為部屋を後にしていた間に訪れたエルリック兄弟は、彼女が出来たとだらしが無く顔を緩ませていたハボックから、クリスマスがどうのと言う話を聞かされたらしい。

       そのことが発端で、それは、エドワードがまだ幼い頃、リゼンブールであった話を始めたそうだ。













       幼いエドワードは、クリスマスを数日に控えたある日に熱を出し、数日経っても回復は見られず、折角のクリスマスイブもベッドの上で過ごすことを余儀なくされていた。

       高熱は一向に引く気配を見せず、また熱の影響の為か嘔吐が激しかった。

       アルフォンスには可哀想だが、伝染ることを危惧して、別室で寝かされいたエドワードは、まだ頬が熱を帯びているものの、母の看護を受けて幾分落ち着いた頃、すやすやと寝息を立てて眠っていた。

       あくる日の朝、エドワードは随分よくなった身体を起こすと、ドアの隙間からおずおずと顔を覗かせる弟の小さな頭が見えた。

       優しく微笑むと、ホッとしたのか、アルフォンスはその隙間に身体を潜り込ませ、テトテトと駆け寄ってきた。

       エドワードは、アルフォンスに伝染してしまうのではないかと思ったが、もうすっかり身体の具合もよくなっていたので、大丈夫だと思い、そのまま弟が自分の下に来るのを待った。

      「おにいちゃん、だいじょうぶ?もういたくない?」

       たどたどしく、それでも心配そうに覗き込む弟を安心させるように優しく微笑み「もう大丈夫だよ」と言うと、ぱぁっと顔を綻ばせて、アルフォンスは笑った。

       そして、「おにいちゃんもいいこだから、さんたさんにぷれぜんともらったんだね」と言って枕元を指差した。

       そこには一抱えもある大きな包み紙があった。





       確かに、その晩エドワードはぐっすり眠っていた。しかし、それと同じように母親もそこにいたのは確かだ、とエドワードは記憶している。

       その頃既に父親は家におらず、では母が別室のアルフォンスのところまでプレゼントを届けたと言うのか。

       否。一晩も眠れなかった時は、アルフォンスには可哀想だと思ったが、一晩中自分についていてくれたことを、熱に浮かされていたエドワードははっきりと覚えている。





       では、一体誰が―――













       事の顛末を話し終えたハボックは、また思い出したかのように、腹を抱えて笑いを堪えていた。そこへエドワードの鉄槌が下されたが、窘める者はアルフォンス以外いなかった。

      「ほう、サンタクロース氏ねぇ」

       含みのある口調で言ったことが気に障ったのか、ロイはエドワードにギロリと睨みつけられた。しかし、ハボック程あからさまな態度ではなかったので、鉄槌だけは免れたようだ。

      「なんだよ、文句があるならはっきり言えよ」

       それは棘のある口調だったが、エドワードのそんな態度はいつものことだった。しかしロイは、ホークアイが淹れてくれた紅茶を手の中でゆらゆらと揺らめかせ、その波紋を眺めながら、何となくらしくないと思った。

      「どうして鋼のはサンタクロースを信じるのかい?君はそういう御伽噺じみたものが嫌いではなかったのかね?」

       思いついたまま、それは口から出ていた。

       絶句するかのように、エドワードは黙ると、まだ笑いを堪えているハボックを一睨みした。

      「別に、嫌いじゃない。ただ、そういう目に見えない、不確実なものに縋るのが嫌なだけだ」

      「それではサンタクロースは明確な存在であると?」

      「まぁ実際に目の当たりにしたわけじゃないけど、いないと決め付ける理由もないしな」

       彼の執務椅子に座っているロイ向けれられていた視線を、アルフォンスに移し、エドワードは同意を求めるように優しく笑った。

       それに応えるかのように、アルフォンスは「そうだね」と短く同意した。

       『成程』と、ロイは思ったが、それ以上口にはせず、ツボに嵌ったまま使い物にならなくなっていたハボックを叱責すると、各自持ち場に戻るよう命じ、其々が持ち場へ移動し始めると、エドワードは腹が減ったと言って食堂へ向かうと言った。









       ロイは視線を背後の窓ガラスに移す。

       先程から気配はしていたが、しんしんと雪が降り始めていた。





    ***


      すんごい今更なネタだと言われればそれまでなのですが(汗)
      今書いておかないともう書けない様な気がしたので、承知の上で書いてみました。
      因みにタイトル通り実話です(笑)

      え〜他にも数点突っ込みどころ…満載ですかね?
      その辺はスルーで。
      (この時期にクリスマスネタを引っ張り出すのが如何に大変かを知った気がした/笑)

      多分続編書きます…

                          26 Jan 2006      MumuIbuki











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