前夜 「次の日曜日どっか行くからな!」 唐突にヒカルにそう言われたのは月曜日の放課後の事だった。 ヒカルはいつも学校が終わると一目散に帰ってしまい、また、院生、とか言うのになってからは部活にも顔を出さなくなり今まで以上にすれ違う事が多かった。 正直それは寂しいとは思ったけれども、ヒカルは院生になれた事がとても嬉しそうだったから、私も嬉しいと思ったし、一緒にいる時間が短くなる事も、仕方ないと思った。 それに、ヒカルが囲碁に夢中の内は他の子に嫉妬する必要も無いだろうし。 私はその週は掃除当番で部室に行くのが遅かった。 一通り掃除も終え、誰もいなくなった教室を出ようとした時、先程閉めた立て付けの悪い後ろの扉が、不吉な音を立てて開かれた。 驚いて振り向くと、ヒカルが罰の悪そうな顔をして立っていた。 「なんだぁ、ヒカルか。驚かさないでよ」 そっと胸を撫で下ろすと、ヒカルが膨れっ面になったのが分かった。 「悪かったな。大体このクラスのドアの立て付けが悪いのがいけないんだ」 そう言ってドアを小突くヒカル。 この所会っていなかったけれども、やっぱりヒカルはヒカルなんだと思えて嬉しかった。 「ところでいつもすっ飛んで帰るヒカルが一体何の用よ?」 囲碁一筋のヒカルがこの時間まで残っている事は珍しい。余程の用があるのかとも思ったけれども、根が単純なヒカルの事だからそれは無いだろう。ならば態々放課後誰もいなくなった時間を見計らってくる必要は無いのではないか。休み時間だって用は足りるだろう。 「何だよソレ、バカにしてんのか?」 さっきまで怒りの対象が私に向けられたが、まだまだ私にからかわれているヒカルが可愛く見えて、くすっと笑いが零れた。 「別に馬鹿になんかしてないよ」 笑いを堪えながら言うと益々ヒカルは膨れっ面になり、「もう知るか」と言って扉を閉めて去ろうとしたが、立て付けの悪い扉は開けるのも一苦労だが、閉まりも悪かった。 「そんなこと言わないで、ほら」 完全に私のペースに引き込まれているヒカルは、扉にも弄ばれていたが、漸くレールを滑り出した。 そして、捨て台詞のようにこう言ったのだ。 「次の日曜日どっか行くからな!」 私の次の言葉を遮る様に扉が閉まると、慌しく逃げるように走って行ったヒカルの足音だけが木霊していた。
夕べはどきどきして中々眠れなくて、朝起きて鏡を見て思わず手に持っていた手鏡を落っことすかと思ったわ。 だって、寝不足で瞼が腫れちゃってるし、寝癖も酷い。 それだけならまだしも、約一週間かけて選んだ服を、いつの間にかお姉ちゃんに着られちゃっていたし。 お姉ちゃんに抗議しようにも、先に出かけてしまったので、最早後の祭り。 もう何もかも私を邪魔しようと企んでいたんじゃないかって思えてくる。 時計だけが無常にも時を告げる。
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