デッドメッセージ



    雲ひとつ無い秋晴れの空。
    空気は澄み遥か彼方まで見渡せそうなくらいに広がっている。射してくる日差しが柔らかく、頬を撫ぜていく爽やかな風が心地好い。
    もしこれが少女漫画とかだったら主人公はきっと、今日も一日いい事があるかも、なんて目に星を散らせながら言うに違いない。
    それくらい、今日はいい天気だ。
    それなのに何、この陰鬱な雰囲気は。みんな一様に俯き加減で、この素晴らしい空を見上げる者など一人もいない。
    …まぁこんな日くらい、少しは私に目を向けてくれてもいいか。










    私の眼前にはなぜか、満面の笑みので写っている私の写真が飾られている。それも白と黒のリボンで縁取られた趣味の悪い写真立ての中に。そして彼らは花を手向け、泣き腫らした目でその中の私を見る。
    全く、趣味の悪い悪戯にも程がある。と、思いたいのは山々なのだけど、どうやら私は死んだらしい。こうして自分の葬式を見ているくらいだからあまり実感は無いのだけれども。
    生前の私を知る者は、一様に、頭脳明晰、品行方正、明朗快活な優等生で、皆から慕われていた、などと美辞麗句並び立てる。
    それもあながち嘘ではないのだけれども。そして、事故の原因を聞くと頷いてまた涙を零す。そんな様子を端から見ていると、正直阿呆らしくなってくる。










    蕭やかに営まれていく私のお葬式。
    主人公は私の筈なのに、まるで私は蚊帳の外の人間みたい。当の本人がここにいるって言うのにみんな写真の中や棺の中の私しか見ようとしない。
    「私はここにいるよ!」って何度叫んでも、目の前で大きく手を振っても誰も気付かない。
    みんな、見ているようで、結局何も見てやしないのだなぁ、って…










    先程からもしやと思っていたが、私の姿は誰にも見えないのかもしれない。
    誰一人私に気を留めないどころか、全く視界に入っていないようだ。やっぱり、実感はなくても私は死んでいるのかもしれない。徐々にそう思えてきた。何よりこれがその証拠なのかもしれない。
    そしてまた一人、棺桶の前で手を合わせる。
    これ幸いと、その人に向かってちょっと悪戯してやろうと思い、クロールで移動してみる。この体は、死んだからオバケとでも言うのだろうか、移動手段が空中遊泳らしい。気付いた時にはすぅー、っと宙を移動することが出来ていた。だからといってクロールする必要性はどこにも無いのだけれども、この鬱陶しい空気をかき乱してやろうと思ったからだ。
    私がクロールでそいつの目の前に出た瞬間、黙祷を終えたのかそいつが突然顔をあげた。見えないことはほぼ確証を得ていたが、それでもやはりドキリとする。右手を挙げた状態で固まっている無様な私を余所に、そいつは何事も無かったかのように過ぎていく。残されたのは硬直したままの私と参列者のすすり泣く声だけだ。
    しかし、安堵する間もなく、耳にかけていた、色素が薄く柔らかい事が自慢の私の髪が落ちた時、悪魔の囁き声がその中に混じってきた。
    私にははっきりとそれが聞こえた。
    視線を、さっきの人間が去っていった方向から、いつの間にか私の側まで進んできていた、目の前の人間に移す。すると、こいつははっきりと私の目を見て、失礼極まり無い事に、死人に向かってまた鼻で笑い飛ばしたのだ。










    式もまだ半ばだと言うのに、そいつは何事も無かったかのように表に出て行った。
    私は、可笑しな話、自分の葬式に後ろ髪を引かれつつも、そいつの背中を追った。










    建物の角を曲がった所で、そいつは腕組みをした状態で待っていた。いや、待っていたと言う表現は、死人に対しては間違っているだろう。待ってもらったところで私が蘇るわけでもないだろうし。でも、彼女は姿を現した私をしっかりとその瞳に捕らえていたようだ。
    「へぇ、それ一体どうなってるの?」
    私が近づくなり、興味が有るのか無いのか分からない実に表情の知れない声で淡々と訊ねてくる。
    「アタシが知るかよ」
    こんな言葉遣い、他人に対して使ったのは初めてだった。大概の奴はそれで驚いて、どうしたのと答えられないくらい肩を掴んでガタガタと体を揺すられる事は容易に想像がつく。しかし、今更そんな事に気を遣っていられる程、私は出来た人間ではなし、それを咎める人間も最早いない。寧ろ、これ幸いと地を出してみた。
    「一応アンタ死んでんだよね?」
    しかし、目の前の人間はそんなのお構い無しに勝手に話を進める。
    「だと思うんだけど…もしかして、実は生きてたりするの?」
    「あ、それは無い」
    淡い期待を抱いたものの、素っ気無い一言で一瞬の内に玉砕された。キッと睨むと表情の読み取れない顔で笑っている。










    何か言おうと口を開きかけた時、出棺の合図か、けたたましくクラクションを鳴らす音が静かだった空気を響かせた。










    お別れだ、私の体と。










      ***










    体が燃やされ灰になっても、私はなぜかこの世をさ迷っていた。
    最初の内は、何か思い残した事があったからまだ成仏できないのだと思って、生前に行きたくても行けなかったところに行ってみたり、ずっと憧れていたのに、優等生と言う私のイメージが足枷となって出来なかった事をしてみたり、(実際は肉体が無かったから出来なかったのだけれども)、成仏する前に出来る限り多くの事を経験しておこうと、あちこちを歩き回った。
    しかし、一週間が過ぎても一向にお迎えとやらが来ない。もしかして、迎えを待つのではなくてこちらから行かなければならないのか、などと考えもしたが、考えたって、学校の授業じゃあるまいし答えなんか出てきやしなかった。









    学校、と思ったからか、特に行く当てもない私は学校へ行ってみた。
    通いなれた道を、宙を浮いて移動するのは、いくら移動手段に抵抗がなくなったからといってもどこか寂しい気がした。



















    教室を覗くと、私の席には少し萎れかかった菊の花が生けてあるだけで、休み時間にもかかわらずひっそりとしたものだった。
    休み時間毎に私の席に溜まってお喋りしたり、予習をしてなかった子が焦ってノートを写していてそれを冷やかしたりと賑やかだった私の席が、今じゃあの様かよ。
    そっと机に近づいて触れてみる。周りはお構い無しに時間を進めているのに、私はそこだけ切り取られたかのように浮いていた。
    誰も私に気付かない。
    周りを見回しても、仲の良かった子に触れてみようとしても、もう何も感じられない。
    チャイムが鳴り、突っ立ったままの私を余所に授業が始まる。教師すら私を注意せずに授業を進めていく。
    あちこちさ迷っていた時は、誰もが私を知らないのだから私の方も気にもしなかった。でもここはどうだろう。誰もが私を知っていて私も彼等を知っている。それなのにそこだけ世界が違うかのように全ては私にお構いなく進んでいく。










    臙脂のリボンにそれと同色のチェックのスカート。出で立ちはみんなお揃いの筈なのに、私だけがどこか違う。









    再びチャイムが鳴りまた教室が賑やかになった。
    普段なら私の席に真っ先に飛んでくる子も、当たり前の様に他の席へと向かっていく。
    それが憎らしくも感じられた時、「ほら」と呼び掛ける声があった。
    この空間に私が見えるやつと言ったらコイツしかいない。振り返ると、不敵な笑みをこちらに向けて、視線が合わさるとそれで満足したのかさっさと歩き出してしまう。
    ここでは頼れるのはコイツしかいないということに若干腹立たしさを感じたが、黙って付いて行く外なかった。










    「パン食う?あっ食えないか」
    ケタケタと嫌味に笑いながら差し出したパンを自らの口へ運ぶ。
    この身体になってからと言うもの食事をしなくても疲労を感じない。それは睡眠に関してもいえることなのだが、初めの内は便利でいいと思っていたが、それがまだ生きていた頃の私を益々遠ざけているようで切ない。
    お構い無しにパンを頬張るコイツを睨みながら、ずっと疑問に思っていたことを訊ねてみる。
    「ねぇどうしてムラサキさんには私の姿が見えるのかしら?」
    「さぁ、見えるものは見えるんでしょ」
    精一杯生前の私らしい口ぶりを再現してやったと言うのに、さして興味もなさげに答える。そもそもコイツには興味なんてものがあるのだろうか?
    「そういうアンタこそ、何でずっと教室で俯いてたのさ。あれじゃ悪さして立たされてた小学生みたいだったよ」
    思い出しながらケラケラ笑うコヤツは益々持って腹立たしいが、今はコイツしか私の存在を認識できる奴はいないと思ってぐっと堪える。
    「アンタじゃないよ、マツリ。私にはマツリって立派な名前があるんだから!」
    「ハイハイ、マツリさん」
    小さい子を遇う様な口ぶりで、後半の私の名前はパンを咀嚼しながらだったから殆ど何を言っているか解らなかった。




















    静かな時間だった。
    騒々しい教室も私がそこにいるっていうことを証明してくれたから好きだったけれども、こんな風に静かに過ごす時間も実は和やかなのだと言う事を、ムラサキの側で初めて感じた。










      ***










    それからというもの、自然と、こうしてムラサキと過ごす事が多くなっていった。
    私の姿を認識して一緒に喋る事が出来るのは、どうやらムラサキ以外はいないようだ。
    その間、様々な人間にコンタクトを取ってみたが、全てが徒労に帰した。
    その様子を見ていたムラサキは、いつもの様にケラケラ笑っていて、それにつられる様に私もよく一緒に笑っていた。
    コミュニケーションを取れる人間は一向に見つからなかったけれども、それはあまり私にとって重大な事ではなく、2〜3日で探すことにすら飽きてしまった。
    それよりもムラサキと話している事の方が面白かったし、話していなくてもあまり苦痛には感じなかった。
    ムラサキは必要以上には干渉してこないし、私が好き勝手喋ってもちゃんと聞いていてくれる。初めの内はちゃんと聞いているのか分からなかったけれど、それが彼女なりのリアクションだって事はすぐに分かった。
    ただ傍にいるだけで十分だと、素直にそう思えた。
    こんなに心地の良い気分は久し振りだ。
    久し振り、という表現は語弊があるのかもしれない。正しくは、生前はこんな気分を味わった事がない、が正しいのかもしれない。
    いつも人目ばかりを気にして、言いたい事もしたい事も我慢して、いつも無理して笑っていた。









    その中でムラサキの色々な面を知っていき、殆どの時間を一緒に過ごした。
    けれども、ムラサキが教室内にいるときは、私と話している素振りを見せると頭のおかしな人間だと思われるから、別のところで時間を潰せ、と初めの内に言われてしまった。
    確か、生前の記憶から、ムラサキはあまり人と交わっている所を見かけた事がなかった。
    だからこそ、一緒にいたかったのに、ムラサキの普段は見せない真剣な表情に気圧され、彼女が教室にいる時は、どこか別のところで時間を潰し、昼休みなど時間が多くある時に、裏庭などでお喋りをしたり、昼食を摂ったりした。









    そんな毎日が、ずっと続くのかと思っていた。









      ***










    ムラサキが私の姿を初めて見たときから、2週間が経とうとしていた。
    お彼岸も過ぎ、次第に秋の気配が漂ってきて、肌寒いと感じる日も多くなってきたが、今日は夏がぶり返して来たかのように汗ばんだ陽気だった。
    と言っても、私にはそれを感じる事は出来ず、ムラサキが授業の間、暇を潰している時見かけた人の様子からそう思っただけなのだけれども。









    風のそよぐ音に浸っていると、同じようにずっと隣で静かに座っていたムラサキは長袖のカフスを捲り出した。
    そう言えば、こんな日にどうしてムラサキは長袖を着ているのだろう。疑問を口に出そうとした時、眼に映ったものに言葉を失った。
    「ねぇ、死ぬってどんな感じ?」
    ムラサキの目は真剣だ。何事にも無関心な目に、虚ろな表情が見え隠れしている。ヤバイ、と咄嗟に感じた。
    「ねぇ」
    催促するでもないその声音が背筋を凍らせる。
    あまりに唐突すぎる出来事に何を言ったら言いか全く頭が働かず、答えられずに黙っていると、ムラサキは鞄からカッターを取り出して、いつもはカフスに隠れていた白く細い手首に押し当てようとしていた。
    ダメっと、声より先に体が動いたが、止めようとした私の体は、ムラサキの手首を通り抜けてしまった。
    「どうして!」
    何がなんだか全く分からない。
    そんな素振りをムラサキは今までに一度だって見せた事はなかった。それなのになぜ今突然に?
    「別に、今更」
    ムラサキは事も無げに答える。
    「この所はさ、マツリがいたから発作も出なかったんだけどさ」
    ムラサキは虚ろな視線でぼんやりと私を見つめる。その視線が、背筋を凍らせる。
    「発作?何それ?」
    分からない。ムラサキの事は、誰よりも分かっているつもりだったのに、ムラサキが今何をいっているのか、これから何を言おうとしているのか全然分からない。
    「毎日毎日ただ同じ事の繰り返し」
    「…何、言って」
    手を伸ばそうとした時、虚ろなムラサキの瞳と視線が重なった。
    「こう毎日が単調だとさ、自分が本当に生きているのか分からなくなるんだよね」
    視線を避けるように移動させると、ムラサキは淡々と続けた。
    「だから偶にやっちゃうんだよね。生きてるって確かな証拠が欲しくてさ」
    そう言って、ムラサキは自分の手首を摩る。その様子が、とても小さなものに見えた。  









    「ダメだよ」
    さっきの叫び声とは打って変わって、泣きそうな声で必死にムラサキに伝えた。ムラサキは私の声に驚いたのか、固まったまま動かない。
    「ダメだよ、そんなことしちゃ…」
    ムラサキの長い黒髪が一瞬揺れたが、黙って聞いている。
    「死んだら何もかも終わりなんだよ」
    さっきから頬を伝って落ちる雫があるのに、私の手を濡らすのに、地面に落ちた雫はそこを濡らさない。
    「ムラサキには明日があるじゃない」
    「明日になったって、何一つ変わらないよ」
    ムラサキがやっと弱々しい声で答える。
    「明日になれば、ってずっと思ってた。でも何一つ変わらないんだよ。ただ単調な毎日が続くだけ」
    ムラサキの切れ長の瞳はどこを見ているのか、視線が定まっていない。
    「マツリはさ、みんなに囲まれて毎日楽しかっただろうよ。いつもいつも笑が絶えなくてさ、そんなマツリを見ていて心底憎かったよ。何であいつばかりが、ってさ。
    私はいつも一人ぼっちで教室の隅に蹲ってたんだから。だから、マツリが死んだときはそれなりに嬉しかったし、ザマァみろって思った」
    何かが外れたかのように、ムラサキは淡々と喋り出した。まるで壊れた人形のように。
    「偶に話す事があっても、マツリは決してその笑顔を崩さなかったよね。それなのに葬式の日はまるで別人の様な奇行に正直戸惑ったよ」
    自虐的に笑うムラサキの表情は見ているこちらが痛々しい。
    「でもさ、死んでからも、マツリはいつも私に楽しそうに笑いかけてくれたよね。まるで今でも生きてるみたいにさ、マツリは明るくて、本当に羨まし―」
    「そんなコト無いよ」
    ムラサキの言葉を遮った私の声は、呟きに近かった。
    「死人に慰められたって」
    「違う。ムラサキが見ていたのは私のほんの一部。私、生きていた頃はいつも内心でみんなの事嘲笑ってたんだよ」
    「…」
    「私の死因、知ってる?」
    「近くにいた子どもを救おうとして、代わりに建築中のビルから落ちてきた資材の下敷きになって…」
    突然話を振られて、訝しそうにムラサキは答える。
    「ソレ、違うよ」
    私は、あの日のように澄み渡った空を見上げる。
    優しく吹き抜ける風が、ムラサキの髪を撫ぜていったが、私の肩まで伸ばした髪は固まっているかのように動こうとはしない。
    「本当はあの日、無性にムシャクシャしてて。
    学校でも家でもいい子ちゃんしててうんざりして、だから目の前で天真爛漫に遊びまわる子どもを見たら無性に腹が立ってきて、思わず突き飛ばしてやったんだ。誰も見てなかったし。
    そしたら丁度そこに鉄材が落っこちてきただけ」
    話の内容のわりに爽やかに笑って、その顔に逆に驚いていたのはムラサキだった。
    「だから、ムラサキの言うようないい子じゃないんだよ、私」
    「でも…」
    ムラサキはまだ納得していないかのように一度は顔を上げたが、絞り出す様に言うとすぐにまた俯いてしまった。
    「ずっと、見て欲しかったんだ、私を」
    「みんな見ていたじゃない」
    「それは作り物の私でしょ。本当の私を、見て欲しかったんだ」
    遠くまで見えそうな空でも、実際はそんな遠くは見えていない。
    「でも、もう遅いよね」
    懸命に笑おうとしたが、顔の筋肉が引き攣ってうまく笑えない。
    ムラサキは、俯いたまま何も答えない。
    「でも、まぁムラサキにはちゃんと素の私を知ってもらえたから悔いは無いかな?
    楽しそうっていってくれて嬉しいな。私自身も凄く楽しかったもの。
    あんなに楽しかったなんて、ずっと知らずに死んじゃって…」
    「…」
    「何情けない顔してんのよ」
    気が付くと、ムラサキは黒い瞳に一杯の涙を溜めている。堪えようと必死になっているが、後から後から溢れ出す涙を止める事もできずに、遂には零れ出していた。
    もしかしたら、私も同じ顔をしているのかもしれない。
    私はそっと触れてみるが、涙を拭ってやる事すらできない。それでも懸命に拭い続ける。
    「ムラサキにはさ、明日があるじゃん」
    「…明日?」
    涙で潤んだ瞳で見上げられると、何もかもが嘘だったかのように、死んだ事すら嘘だったかのような錯覚に陥る。
    「そう、明日。私にはもう無いけどさ、ムラサキには明日があるじゃない」
    私には明日が無い。自分でそう言っても、不思議とあまり虚しくは感じられなかった。
    「毎日毎日同じでもいいんじゃない?そうそう変わらない方が、実は貴重だよ。死んでからこっち、いつもと違う毎日で、正直気が滅入りそうだったよ」
    ムラサキの涙を拭っていた手で、今度は日差しを浴びて煌く長く艶やかな髪を撫でてやる。お互いにその感覚は無くても、私にはムラサキの温かさを感じたような気がした。
    「それなりに楽しんでるように見えたよ」
    まだ瞳に一杯の涙を湛えてはいるが、水源が止まった泉のように、それは静かに浮かんでいる。
    「それはムラサキと一緒だったからだよ」
    含羞(はにか)んだ様に笑うと、残っていた雫がすぅっと零れていった。
    「毎日毎日さ、同じ事を繰り返しても、どこか違うんじゃない?今日できなかったことでも、暫くすると出来てたってこともあるじゃん。そうやって今と今が折り重なって、明日に繋がるんじゃない?
    まさかさ、ムラサキにこんな話しするとは思って無かったよ。それもこれも、明日にならなきゃ解らない事だよね」
    また、にっと笑うと、つられたようにムラサキの涙がすっかりひいていった。
    「ムラサキもさ、聞いて欲しかったんでしょ、自分のこと。知って欲しかったんでしょう?」
    問い掛けると、こくりと小さく頷く。
    「なら、こんな所で泣いている暇は無いよ。伝えなきゃ、始まらない。
    ムラサキには明日があるんだから、今がダメでも、その内分かってもらえるようになるかもしれない。
    今だけを憂いてちゃ、先に進めないよ」
    解った気がした。
    「ムラサキはずっと私を見ていたんでしょ?なら私と同じ失敗はしないで、素直にぶつかって行けばいいじゃない。
    私、ムラサキのこと嫌いじゃないよ?」
    ―伝える為に。
    「私も、マツリのこと、結構好きだよ」
    やっと顔を上げてくれたムラサキの瞳には、まだ不安の色はあったけれど、きっと大丈夫だろう。
    「結構かよ」
    瞳はまだ泣いているかの様な表情だけれども、どこか嬉しそうに微笑んでいるムラサキを小突く真似をする。
    触れることは出来なくても、ちゃんと繋がっている。



















    すると、辺りが真っ白に輝いて、すっと、軽くなった気がした。
    一切の視界が奪われたその中でムラサキの笑顔だけが、なぜか目に焼きついてはなれなかった。



















    これが、ムラサキと過ごした、たった二週間の出来事で。









    私がこの世で過ごした、最後のひとときだった。









      ************end**


    弁解のしようもありません。
    所詮こんなもんですよ。


    2005年9月末日
    息吹夢萌





ブラウンザでお戻り下さい





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