少年は小姓という仕事の途中だったのか、傍らには冷え切ったお茶を乗せたお盆が、所在なさ気に置いてある。
少年は、思い立ったかのように、縁側の先の部屋の主に問うた。
「ねぇ、沖田さん」
うつ伏せで寝転がっていた少年が、上半身を起し、
先程まで定まっていなかった視線が、部屋の主・沖田へと注がれる。
「何ですか、鉄之助君?」
沖田は、女性と見紛うほど、線が細く、
その黒髪は、暖かい日差しを受けて艶を放っていた。
鉄之助は沖田の返事を聞くと、身体を起し、
傍に置き去りにされたお盆をどけ、沖田を縁側の自分の隣へと招いた。
「えとですね、今ふっと思ったんですけど・・・」
先程まで視点が定まらなかったのは、本人も気付かない内に、
何か考え事をしていたからなのだろうか。
「“ぴーすめーかー”って、何なんでしょ?」
庭へ目をやっていた鉄之助が、言い終わると沖田へ視線を移す。
心地良い日差しから、今は亡き父親に思いを馳せていたのだろうか・・・
「“ぴーすめーかー”・・・ですか?」
沖田は、首をかしげ、笑顔で、
「【ピースメーカー】
1 中・長距離競走などで、
先頭を走って他の好記録が期待される選手のために目標の速度を示す選手。
2 心臓疾患で拍動数に異常があるとき、
心臓に一定のリズムで電気刺激を与える装置。
一般に前胸部に植え込む。
大辞泉(小学館)・・・」
と、一息で言い放った。
「・・・何すかそれ?」
傍で、その答えを聞き入っていた鉄之助は、
まるで見た事も無いモノを見る、猜疑の目で沖田を、
一線を引いて・・・直視できなかった。