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バレンタインディを数日後に控えた、ある日。
教室では、男の子も女の子もその話題で持ちきりだ。
特に4年生くらいともなると、そう言った事に関心を持ち始める時期でもある。
そしてこの教室も例外ではなかった。
義理チョコ side:Mimi
「おっはよぉ〜ん」
ミミはいつも通り、遅刻ギリギリで教室に入ってきた。
その明るい声に、おしゃべりに夢中だった者誰もがミミに注目し、促されるまま、ミミは会話の中心へと入っていった。
彼女自身、意識する事は無かったが、その分け隔ての無い性格から、これはいつもの光景だった。
「ねぇ、ミミちゃんは今年も全員に配るの?」
彼らの輪の中の入り、カバンを下ろすと、ある女の子が問い掛けた。
話の内容を全く知らなかったミミにとって、それは余りに突然の問い掛けだった。
「う〜ん、どうしようかなぁって思ってるの」
万人に好かれるミミは去年、クラスのみならず他クラスの男の子にも知り合いを問わず、チョコを配ったのだ。
しかし、当時、好きな人などいなかったミミにとって、社交辞令みたいなイベントだと思っていたからである。
「えぇ〜太刀川からのチョコだけが俺らのたのしみだったのに〜」
ある男の子が、大袈裟なリアクションで倒れこみながら言った。
彼のリアクションは、辺りから笑い声を生んだ。
「えぇ、どうしようかなぁ・・・」
彼のリアクションを見たミミは困惑をした顔で、教室の隅に目をやった。
そこには決まって光子郎が座っている事を、ミミは知っていたからだ。
この時、ミミは意識することなく光子郎の事を見た。
いつもピンチを救ってくれた、いつの間にか心の底から頼りにしてしまっている光子郎なら、
もしかしたら、助け舟を出してくれるかもしれないと思ったからだ。
「さぁみんな自分の席について〜」
ミミがこの場を何とかしなくては、と口を開きかけたところに丁度先生が教室に入ってきて、先生の声を号令にみんなが席に着いた。
ミミは、助かった、と思いながら自分の席へと着いた。
昨年、ミミは殆どの男子生徒にチョコを配った。
それは、先にも書いた様に、社交辞令的なイベントだと思っていたからだ。
ミミは、バレンタインとは女の子が男の子にチョコをあげる日だと、勘違いしていたのだ。
勿論、大意を知らなかったのではない。
大意の奥にある、本当の意味を、この時はまだ理解できずにいたのだ。 その為、ミミは手当たり次第にチョコを配った。
今となっては、後悔するミミだが、昨年ミミからチョコを受け取った男の子が、嬉しそうにする姿を見て、今年も渡すべきなのかと、考えあぐねていた。
その日一日も、教室中はその話題で持ちきりだった。
放課後、帰宅途中のミミは、遥か前方を歩く光子郎の姿に気付いた。
大声で呼びかけようとしたが、聞こえる距離ではなく、ミミは光子郎を追いかけた。
「光子郎君〜」
漸く追いついたミミは、もうすぐ前へと近づいた光子郎を呼びかけた。
「ミミさん・・・」
ミミの声に振り返った光子郎は、少し驚いていたように感じられた。
最近、並ぶ事の無かった光子郎を見て、ミミはある事に気付いた。
そして、それを確認するかのように、じっと見詰めた。
「なっ何ですか、ミミさん」
慌てた光子郎はぱっと目を反らしてしまった。
「光子郎君、背、伸びたね・・・」
光子郎の性格を考えると、当然の反応だと思い、ミミも正面を向き、静かに言った。
光子郎は夏から急激に身長が伸び、今ではミミをも越しそうな勢いだ。
「そう・・・ですかね?」
光子郎は素っ気無い返事しか返さなかった。
その返事に、ミミは、光子郎らしいと思って、くすくすと笑った。
ミミの仕草に不思議そうな顔をする光子郎の事を気にすることも無く、黙っている光子郎にあわせる様に、ミミも黙ったまま歩き続けた。
ミミにとって、そんな光子郎らしい光子郎との時間を楽しみたいと思ったからだ。
周りの人にして見れば、愛想が無いと思われがちだが、それが光子郎らしさであり、ミミが惹かれる理由でもあった。
「ねぇ、光子郎君は女の子からチョコ貰ったら嬉しい?」
光子郎の事を思いながら、今朝の出来事を思い出したミミは、男の子の気持ちはどうなのかと思い、光子郎に尋ねてみた。
「さぁ、僕には・・・でも、クラスの男の子達は喜ぶんじゃないでしょうか?」
ミミ自身、チョコとは本当に好きな人に貰うから価値があるのではないかと考えていたが、光子郎の素っ気無い返事に、ミミは顔をしかめた。
しかし、光子郎らしい答えに、仕方が無いと思った。
と言うのは、光子郎はいつも自分の意見を言わず、一般論のみを語るからだ。
それは、光子郎の優しさでもあるが、ミミは、光子郎の気持ちを知りたかったのだ。
「そういう物なのかなぁ・・・」
ミミは夕焼けに染まった空を見ながら、投げかけるように言った。
「さぁ・・・」
光子郎は曖昧に答えた。
夕陽に染まる光子郎の姿を見ながら、ミミは光子郎の本心が知りたくなった。
光子郎は自分のことをどう思っているのか・・・
もし、光子郎が他の男の子にチョコを配る事を嫌がるのなら、ミミは潔く辞めようと思っていた。
いや、光子郎にそんな自分を止めて欲しいと思っていた。
「光子郎君は・・・」
「何ですか・・・」
「ううん、何でも無い!じゃあまた明日♪」
もし、光子郎が自分のことを何とも思っていなかったら、チョコを配ることを止めてくれなかったら・・・と思い、聞く事を止めた。
そんなことを言われたら、どうしたらいいか分からなくなってしまいそうだったから。
ミミは震える様な声で言うと、これ以上光子郎といるのが苦しくなり、都合よく、いつも光子郎と分かれる交差点へと差し掛かったので、
「じゃあね」と小さく手を振り、光子郎を残して自宅の方へ走って行ってしまった。
交差点を曲がる時、チラッと後ろを振り返ると、そこにはまだ光子郎の姿があった。
ミミは立ち止まろうとしたが、そのまま走って行ってしまった。
角を曲がると、そこには空の姿があった。
買い物帰りなのだろうか、両手には買い物袋を提げていた。
「空さん」
呼びかけながら、ミミは空の横に並んだ。
「あらミミちゃん、今帰り?」
空は、いつもの様に愛想の良い返事を返した。
「それ・・・何ですか?お使いですか?」
ミミは悪びる様子も無く、空に問い掛けた。
「えっまぁ、チョコレートよ」
空は少し気まずそうに答えた。
「空さん、そんなにあげるんですか?」
「えっえぇまぁ」
ミミは、空の気持ちを知りたくなった。
どうして、そんなにチョコをあげるのか・・・
そして、それはミミ自身への問い掛けでもあった。
「空さんは、どうしてそんなにあげるんですか?」
「どうしてって聞かれても・・・」
ミミがあまりにも真剣な眼差しで問い掛けるので、空はたじろいでしまった。
「男の子って、チョコを貰えれば、相手なんて誰でもいいのかしら?」
ミミは少し立腹した様子だ。
「空さんは好きな人いないんですか?」
「・・・本命と義理は違うわよ。でも、せがまれたら嫌とは言えなくって・・・」
そう言う空は、自分を責めているように、ミミには感じられた。
「こんなんじゃ相手にも悪いと思うけど、私なんかのチョコで喜んでくれるのなら、まぁいいかなって思っちゃうのよね」
空は苦笑いを浮かべながら言った。
「勿論、義理チョコだってことは念を押してからだけど。
だって、それで本命に勘違いされたら嫌じゃない。
私にとって、あくまでも社交辞令みたいなものだから」
ミミには、それは空が彼女自身に言い聞かせている言葉だと感じた。
しかし、それはまた、ミミ自身が求めていた答えでもあった。
「ごめんなさい、空さん。
空さんを責めるつもりは無かったんだけど・・・
私もそうだから、でも、どうしたらいいか分からなくって・・・」
ミミは俯きかげんに言った。
「でも、そう、社交辞令なんですよね。
私なんて、ホント周りの人に世話掛けばかりだから。
それに、義理と本命は違う・・・」
ミミは顔を上げ、その言葉はまた自分に言い聞かせるようだった。
「・・・ミミちゃん?」
ミミのただならぬ様子に、空は少し心配気味にミミを覗き込んだ。
「ありがとうございます、空さん」
そう言うと、ミミはさっさと帰ってしまった。
その場に残された空は、ただ不安を感じるばかりだった。
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