「あら、京ちゃんじゃない」
すると別の少女が親しそうに話し掛けてきた。
「えっ空さん!なっ何でこんな所に?」
何かまずいものでも見られたかのように、京と呼ばれた少女は、
慌てながら手に持っていた”モノ”をワゴンの中に突っ込んでしまった。
「何って部活の帰りよ。そういう京ちゃんこそこんな所で何してるの?」
空と呼ばれた少女は、制服姿に愛用のテニスラケットを肩に担いでいて、
怪訝そうに京が必死に隠そうとしている”モノ”を覗き込んだ。
「あ――なっ何でも無いんですよ!偶々通りかかって、可愛い色だなぁって思ってみてただけですよ。
さぁて、お遣いの途中だし帰ろっと。」
何か後ろめたい物があるかのように、京は空からわざと目を逸らして言った。
しかし、その目はどう見ても宙を泳いでいる様にしか見えない。
「じゃあ空さん、失礼します」
そう言うと京は、府に落ちないという様な顔の空を残して、そそくさと帰ってしまった。
1時間後、空がいなくなったのを見計らってまたこの手芸店に京が現れた。
(あんな姿誰にも見られたくないもん)
一体何を恥ずかしがっているのか、実は京は恋多き少女だが、実際にプレゼントを渡したり、ましてや告白なんかしたことが無かったのだ。
京自身こんなに夢中になったことも無く、そんな気持ちをどうしたらいいのか良く分かっていないのだ。
(あれ・・・)
京がワゴンの中をゴソゴソしていると、さっきは見られなかった毛玉があった。
(あっこの色がいいかも・・・)
京はその毛玉に魅了されたか、1時間も粘ったのが嘘のようにあっさりとその毛玉に決めた。
「有り難う御座いました」
店員の声に後押しされるように、京は足早に帰っていった。
(彼、喜んでくれるといいな・・・)
辺りはもう真っ暗だった。
その日の夜、京は早速その毛玉で編み出した。
(あと1週間しか無いんだから・・・)
何で京がこんなギリギリになって編み始めたかというと、京自身この今までとは違った感情に気付いたのは、つい最近の事だったからだ。
「っだ――っ!!!!!ぬぁんでこんなに難しいのよ!!!!」
1時間経った頃、京が痺れを切らして、編みかけを壁に投げつけながら叫んだ。
「大体受け取ってくれるか分からない人の為に、何でこの私がこんな面倒くさい事しなくちゃいけないのよ!!」
気持ちとは裏腹に一向に進まない自分自身に腹を立て、京はベッドで不貞寝してしまった。
この1時間、京はよく耐えた方だ。
初めての編物にも関わらず、誰にも頼らず、一人でここまで耐えられたのは、
本人は自覚していないが、やはりそれだけ、京の今までとは違った感情故なのだろう。
「こんなへったぴぃのを貰って、彼だって迷惑よね・・・」
さっきの叫び声とは打って変わって、今にも泣き出しそうな声だった。
京はその後暫く枕に顔をうつ伏していた。
その間、京は声を殺しながら泣いていた。
「泣いてたって始まらない!私らしくないぞ!あと1週間、出来るだけの事をするんだ!」
暫く経って、泣きはらした目を拭いながら、京はベッドから勢いよく起き上がった。
この1週間、京はまるで何かに取り憑かれたかの様に、必死に編み続けた。
途中何度となく、泣き出し、投げつけ、何を躊躇ったのか折角編んだモノを解き出したり、挫折しながらも、
受け取ってくれた時の”彼”の嬉しそうに微笑む顔を想像しながら京は編み続けた。
「で、出来た・・・」
1週間後の2月13日、バレンタインデイを前日に控えた日の真夜中、京は信じられない気持ちで一杯だった。
(まさか本当に出来ちゃうなんて・・・)
それは京自身も驚く程の事だった。
(若しかして、私って天才!?)
『馬鹿なことを考えたと』ニヤニヤしながら京は急いでラッピングに取り掛かった。
(とうとう明日だ。”彼”喜んでくれるかな・・・?)
この1週間頑張ってきた京は、疲れと、完成させた安心感からそのまま眠ってしまった。
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